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2014.6.1 礼拝メッセージ: 「都にとどまっていなさい」 ルカ24:44−53

エマオ途上で弟子たちに姿を現わされた復活の主(13節〜)は、続いてエルサレムで現わされた。不信仰だった彼らは、目が開かれて主を礼拝し、喜びに満たされた(ヨハ20:20)。純い心が開かれてみ言葉がわかった彼らは、主との楽しい交わりの40日間を過ごした。

 

復活の主は、昇天前に、@ガリラヤヘ行け、A福音を宣べ伝えよ、B都にとどまれ、という3つの命令を与えられた。

 

1.ガリラヤヘ行けとの命令を与えられた主は、先頭に立たれた。主は先回りして、魚を焼いて待ち給うた(ヨハ21:)。彼らは大いに慰められた。「汝この者どもに勝りて我を愛するか」と問われ、ペテロも信仰が回復された。

 

2.主は、「全世界に出て行き、すべての造られた者に…」(マル16:15)、「それゆえに、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を…」(マタ28:19,20)と、大宣教命令を与えられた。ヨハネの福音書では、「父がわたしを遣わしたように、わたしもあなたがたを遣わします」(ヨハ20:21)とあり、ルカの福音書には、「キリストは苦しみを受け…あなたがたは、これらのことの証人です」(46-48節)とある。弟子たちは、キリストの十字架と復活の証人、目撃者として宣教する使命が与えられた。

 

3.主は彼らに、都にとどまるよう命じられた。主は、一方で出て行くように言われ、他方でとどまるように言われる。それは、宣教の使命遂行のためには、力が必要だからだ。弟子たちは弱く、信仰を失いやすい者だった。この重い任務に耐えられる者ではなかった。だから主は、都にとどまれと言われた。

 

何のために、嫌な思い出のある、また危険なエルサレムに留まれと言われたのか。上から力を授けられるためだ。上からの力、神の力、ご聖霊だ。

 

この聖霊の恵みなくして、福音宣教の使命は果たせない。宣べ伝えようとすれは犠牲が伴う。しかし、聖霊をいただいていなければ、犠牲など払いたくないと思う。自分が大切だからだ。福音宣教は主への愛と、滅びゆく魂への愛が宣教の動機であるべきだが、恵みがなければ重圧になる。これでは、主が遣わしたくても遣わすことができない。だから、上よりの力の約束を与えられたのだ。

 

「エルサレムを離れないで、わたしから聞いた父の約束を待ちなさい。…もう間もなく、あなたがたは聖霊のバプテスマを受けるからです」(使徒1:4,5)と主は言われた。聖霊のバプテスマとは、聖霊にバプタイズされる(浸される)こと、聖霊にどっぷり浸けられ、満たされ、支配されることだ。この恵みをいただいて、力を受けることができる(使徒1:8)。

 

主は我らにも「都にとどまっていなさい」と語られる。我らにとって都とは、にぎやかな雑踏ではない、人の声が飛び交う所ではない。主との二人きりの場、淋しい荒野だ。そしてみ言葉の語られているこの場所だ。

 

聖霊は約束だ。求めよう。主は「求めなさい。そうすれば与えられます」(マタ7:7)と言われた。体験として恵みを得るまで求めよう。

 

我らにも福音が委ねられている。福音の証人、十字架と復活の証人になりたい。聖霊の力をいただいて、ここから遣わされたい。

 

弟子たちはこのあと、一堂に集まり、心を合わせて、熱心に祈り求める。そして時が満ちて、ペンテコステの日に約束の聖霊が降られ、彼らは文字通り、地の果てまで主の証し人になっていく。我らも待ち望もう。

 

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